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仙台高等裁判所秋田支部 昭和52年(ネ)30号

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人らは各自被控訴人に対し、金三万円及びこれに対する昭和四九年六月一日より支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ一〇分しその一を控訴人らの連帯負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実

控訴人ら代理人は「原判決中控訴人ら敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を、被控訴代理人は「本件各控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の関係は、後記の如くその主張を付加し、証拠として、控訴人らの代理人において第一三一号証を、被控訴代理人において甲第二〇号証を各提出し、相互に右各証の原本の存在と成立を認めると述べたほかは原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

(被控訴代理人の陳述)

一、被控訴人は、控訴人秋田相互銀行労働組合(以下「控訴労組」という)との団交へ向うため自席を立った際、在室者に対して「さあ団交さねぶかぎしに行ってくるかな。」などと発言したことは一度もない。

原判決は、訴外縄田屋圭子が昭和四九年三月二六日午後三時一五分ころ庶務部において右発言を耳にしたものと認定しているが、被控訴人は、当日の午後三時一〇分前後ころ、傍らの佐藤庶務課長に対し、これから団交に行ってくる旨行先を告げて自席を立ち庶務部の部屋を出たものであり、そのころ訴外縄田屋圭子は庶務部に入室していなかったことは明らかであるから(甲第一四号証の二)、同女の証言は全く信用できない。被控訴人は、訴外縄田屋圭子が訴外株式会社秋田相互銀行(以下「訴外銀行」という)本店勤務の従業員の中で唯一人の控訴労組の組合員であることを日頃から十分熟知しており、しかも自席から郵便受はもとより部屋の出入者を十分確認し得たのであるから、同女が在室していることを知りながら、同女が証言するような発言をする筈がないのである。

二、仮りに、百歩譲って被控訴人が控訴人ら主張のごとき発言をしたとしても、(一)控訴人らの主張によれば、それは何も控訴労組あるいはその組合員に向って発言したものではなく、被控訴人の自室におけるいわばひとり言ともいうべきものであったにもかかわらず、(二)控訴人らは、その片言隻句を捉えたうえ、被控訴人の写真を無断で転載し、被控訴人を「ねぶかぎ」取締役呼ばわりするチラシ多数を印刷し、(三)これを訴外銀行従業員のほか、殊更被控訴人及び訴外銀行の役職員の住居地周辺の一般住宅を選択して配布し、もって、被控訴人のみならず、その家族をも労使の紛争にまき込んでいるのである。このように、本件チラシの記載自体、その配布状況等によって、控訴人らの配布目的は、もっぱら被控訴人の人格、信用、名誉を侵害する悪意を有すると認められるので、到底正当なる労働組合の宣伝活動ということはできない。

(控訴人ら代理人の陳述)

労働組合の言論活動は、組合員の士気を高め、連帯感を強化し、団結を守るため組合内だけではなく、他組合の組合員、労働者一般の支援を求め、更に一般市民に対しても組合の要求の正しさ、使用者側の不正、不当を訴えて世論の支持を確立しようとするため、外部に対してもビラ配布等宣伝活動を展開出来ることは当然である。その活動は、憲法二八条に基づき保障されたものである。従って、市民法上の名誉毀損とは次元を異にし、具体的労使の対立の状態の中で、労働法上の団結権保障の観点から相当性、適法性が検討されなければならない。

なお、右ビラの文中に、『「ねぶかぎ」取締役』と記載したのは『「ねぶかぎ」発言をした取締役』の意味であることは明らかであり「やゆ」というものではない。そして右記載は縦書の「無法横暴な役員を追い出して経営の民主化を!!」の見出しとともに読むときは一見して団体交渉に当って不誠意な訴外銀行側代表者である取締役の責任と控訴労組に対する数々の不当労働行為を発生させている反民主的な役員の責任の追及と経営の民主化を一般市民らに訴えていることは明白であり、しかも右記載は事実に基づいているものである。

仮りに、右記載の中に「やゆ」の気持が入っていたとしても、折から団体交渉の対立が激化し、組合側は責任ある代表者の出席を求め、被控訴人では団体交渉において責任ある回答を得られないとして交渉中に、訴外銀行が交渉のトップとして固執している被控訴人が、団体交渉に出席するに当り、「団交にねぶかぎしに行く」というような発言を、部下職員多数のいる職場で無責任に放言したのであるから、「やゆ」程度は、むしろ労働組合の情宣活動としては穏当すぎる位であり、その内容をもって違法性ありと見ることはできない。また個人的プライバシーに関する記載は一切ない。

なお、ビラの文中に『「ねぶかぎ」取締役』と記載した点についての事実関係を敷えんして述べるならば、昭和四九年三月二六日当時縄田屋圭子は訴外銀行本店営業部会計課勤務で、郵便発送事務の担当係であったところ、同日午後三時一五分ころ郵便発送簿と郵便物を庶務部に持っていった際、丁度被控訴人が自分の席を立ちながら「さあ団交さねぶかぎしに行ってくるかな」と言い、これを受けて課長代理の越後宏允が「こんなことを言うとまた書かれるよ」と言ったことを直接その場で聞いたのである。被控訴人の右発言はあまりにも控訴労組を侮辱する言葉であったために縄田屋圭子は同日夜夫である控訴労組執行委員の縄田屋達彦に右の事実を話し、更に同年四月八日昼控訴労組書記局において書記長の荻原輝男に話したものである。控訴労組では被控訴人の右発言を見すごすことのできない重大発言として同月一〇日付で右事実を発表し、同月一二日の団体交渉において控訴労組は我々には証人がいるとして被控訴人に抗議し謝罪を求め、その後も再三抗議したのであるが、これに対し被控訴人は「おぼえがない」「考えてみる」と答え「事実無根である」と断固否定はしなかったものである。

以上のとおり、ビラ配布の背景、記載事実の真実性、被控訴人の発言の不当性、ビラ配布の目的、表現の態度等の諸点からみて、被控訴人の本訴請求は理由がなく、棄却さるべきものである。

理由

一  請求の原因一ないし三項すなわち、被控訴人の経歴および被控訴人は、昭和四七年五月訴外銀行の取締役に選任され、同四九年二月以降同行本店庶務部長の職にあること、控訴労組が昭和三六年一二月三日結成された労働組合で、本訴提起当時の組合員数二九名であって法人登記はなく、同四九年四月当時控訴人西根、同島田、同荻原が控訴労組のそれぞれ執行委員長、同副委員長、書記長の役職にあったこと、昭和四九年四月控訴人らいわゆる執行三役が控訴労組作成名義で、『沢木取締役が「団交さねぶかぎしに行くがなー」と労組をバカにする』との表題の下に、被控訴人の写真を社内報から転載し、その下に『「ねぶかぎ取締役」沢木良吉庶務部長』と記載し、『三月二六日の春闘第一回団体交渉に出席した沢木取締役が同日午後三時一五分ころ、労組との団交へ向うため自分の席をたつ際、みんなに「さあ、団交さねぶかぎしに行ってくるがなー」という重大な発言をした事実がこのほど明らかになりました。これを受けた越後宏允氏にも「そんなこと言えば、又書かれるすよ」とたしなめられたとのことです。これは、あまりにも労組との団交をバカにしたふざけた態度であり、我々は断じて許すことができません。去る四月一二日の団体交渉において、同取締役に厳重に抗議するとともに謝罪を要求するも「そのおぼえがない」と反省の態度を全く示さず逃げの一手で終始しました。しかし、組合は、このような不当、不法な重役の責任を今後徹底的に追及し、その責任は必ずとってもらう決意です』との記事を掲載したビラ多数を印刷し、同年四月一八日ころ、これを訴外銀行本店の正門及び裏門付近において出入の行員及び一般通行人に直接配付し、更に同月一九日ころから同年五月九日ころにかけて、被控訴人あるいは訴外銀行の役職員私宅及びその周辺の一般住宅の郵便受等に投函して配付したことはいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで先ず、控訴労組が本件ビラ配付に至るまでの経緯について検討する。

(一)  弁論の全趣旨によれば、訴外銀行は、秋田市中通五丁目一番五一号に本店を置き、昭和四九年五月本訴提起当時は秋田県内外に四二の店舗を有し、その従業員は約九〇〇名であり、更に(証拠略)によれば、控訴労組は昭和三六年一二月三日、当時の訴外銀行の従業員の大多数の加入を得て訴外銀行に初めて結成された労働組合であるが、翌三七年四月一一日控訴労組とは別に秋田相互銀行従業員組合(以下従組という)が結成されるに及んで、次第に控訴労組を脱退するなどして、昭和四九年五月本訴提起当時には従組組合員は約八〇〇名と増加したのに対して、控訴労組の組合員は約三〇名に減少した事実がそれぞれ認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(二)  (証拠略)によれば、訴外銀行は、従組からの申し入れでこれと共催で昭和四七年五月二一日従業員の家族大運動会を行ったこと、その際訴外銀行は、従組執行部から、右運動会開始前三〇分か一時間位をかりて従組結成一〇周年記念式典を行いたいという話を聞き、訴外銀行側としては記念式典と運動会を判然と切り換えてやるよう申し入れたが、当日の催しが従組結成一〇周年の記念行事とみられてもやむを得ない状況となったこと、控訴労組は右行事に訴外銀行が介入することに抗議したこと、訴外銀行と従組とは、団体交渉あるいは生産性協議会と称する労使の会合が多く持たれ、これには労務担当取締役が出席することが多く、両者の関係は円滑である反面、控訴労組との団体交渉に労務担当取締役の出席することは少く、控訴労組側からの訴外銀行による不当労働行為を理由とする秋田県地方労働委員会(以下地労委という)への救済の申立あるいは訴訟の提起など問題が多く控訴労組と銀行側との意思の疎通が十分でなかったことなどがそれぞれ認められる。この認定に反する(証拠略)は措信できないし、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(三)  (証拠略)によれば、次の事実が認められ、これを左右するに足る証拠はない。

昭和四八年度春闘諸要求に関する団体交渉において、訴外銀行側交渉メンバー、開催時期、日数、交渉内容等につき、訴外銀行が控訴労組と従組とを差別したとして、控訴労組は昭和四八年五月一〇日誠意ある団体交渉の応諾を求める不当労働行為の救済申立を地労委に行い、同事件(秋地労委昭和四八年不第三号の一)において、地労委委員立会の下に、控訴労組と訴外銀行との間に和解協定書(甲第二号証)が作成され、次のとおり和解が成立した。

一、組合は従来どおり会社の総合企画部長及び総合企画部人事担当課長並びに会社が認めた者と団体交渉を行うことを確認する。

二、会社は業務上の都合を考慮しながら誠意をもって取締役である稲見前総合企画部長を、今後団体交渉に出席させる。

三、今後労使双方とも誠意をもって労使関係の改善に努めること。

ところが、昭和四九年二月一日訴外銀行は従来労務及び人事を総括担当していた総合企画部を廃止し、これらの業務は新設の総務本部の下に置かれた人事部及び人事課が担当することとなり、総務本部長に鎌田常務取締役、人事部長に浜田実、人事部長代理兼人事課長に村山健一が発令されるとともに総務本部の下に人事部と並んで庶務課が設けられ、同部長に取締役である被控訴人が就任することとなり、取締役営業部第四部長で前総合企画部長であった稲見は業務部付となり、大宮支店の開設準備委員長にあてられることになった。そこで、同月一五日、訴外銀行は控訴労組と協議することなく、前記和解協定書(甲第二号証)一、二項中「総合企画部長及び総合企画部人事担当課長」とあるのを「人事課長及び人事部人事担当課長」と、「取締役である稲見前総合企画部長」とあるのを「総務本部取締役沢木良吉」とそれぞれ改める旨を地労委へ連絡したとの旨を地労委宛の連絡文書の写しを添付して控訴労組に通知し、翌一六日村山課長は控訴労組の書記長である控訴人荻原に対し右の旨を説明した。控訴労組は、右の通知は、和解協定書の一方的破棄に等しいものと解し、同年三月一一日付の文書をもって春闘要求のための団体交渉開催を申し入れるとともに、団体交渉には社長と労務担当重役の鎌田常務とを出席させること、被控訴人は庶務担当重役で人事、労務についての経験がないので、同人を銀行側の責任ある代表者と認めることはできない旨の文書を提出した。同月二六日第一回の団体交渉が開かれ、訴外銀行側から鎌田常務、被控訴人、浜田人事部長、村山人事課長が出席したが、控訴労組は冒頭から社長の欠席を追及し、出席できない理由を文書で提出するよう要求し、訴外銀行側からは、鎌田常務が労務担当重役として出席しており、社長は多忙で今後も出席できないこと、賃上げ等の要求は従組の要求が未だ出ていない段階で控訴労組側の要求のみを検討し、これに回答することはできないこと、従組からの右要求の時期についてはわからない等の発言があり、その間被控訴人からの発言はなく、結局春闘の要求についての具体的検討に至ることなく当日の交渉は終了した。

(四)  右三月二六日の第一回の団体交渉に出席するに当り被控訴人が本件の問題発言をしたか否かについて次に判断する。

(証拠略)によれば、同女は昭和四九年三月二六日当時控訴労組の組合員であり、訴外銀行本店営業部会計課に所属する従業員で、手形交換の持出代理業務、本支店元帳の内訳表の記載等の事務を分担するとともに、同課の植村清一が休暇で不在の場合は、同人の分担事務のうち営業部内で集まる郵便物を庶務課へ送付する事務も担当していたところ、三月二六日は右植村が休暇をとったため、営業部の郵便物と同発送簿を持って、同日午後三時一五分ころ、庶務部室内備え付けの支店別の郵便箱への投入並びに発送簿を係員に渡すため同部室内に入っていた際、同室内にいた庶務部長である被控訴人が自席を立ちながら「さあ、これから団交だねぶかげしに行くが」と言い、これを聞いた同室の課長代理で役員秘書を兼ねている越後宏允が「そんなこと言えばまた書かれるすよ」と注意した事実及び当時同室には被控訴人本人の外右越後宏允等一、二名の部下職員が在室していたことが認められる。前記認定に反する(証拠略)及び原審における被控訴人本人尋問の結果は信用できず、他に前記認定を覆すに足る証拠はない。

(五)  (証拠略)によれば、前記縄田屋は被控訴人の発言を聞いた当日夜自宅で控訴労組の組合員である夫達彦にこれを話し、次いで同年四月初め控訴人荻原に会った際、右発言の事実を告げたところ、控訴人西根、同荻原ら控訴労組三役は、被控訴人の発言は控訴労組との団体交渉を無視ないし軽視する態度で放置することはできず、この問題を次回の団体交渉の際に持ち出し、追及してその責任の所在を明らかにしないことには実質的団体交渉を進めることはできないとの結論を出す一方、右発言を直接聞いたという縄田屋を控訴労組の組合事務所に呼んで、同女の記憶により、発言の時間、内容等について改めて確かめ、方言にも特殊のものがあるため、同女を中心として十分用語に検討を加え、その結果被控訴人の発言内容を記載し、組合としてその責任を追及する意向を明らかにした昭和四九年四月一〇日付組合ニュース(甲第五号証)を作成し、同日訴外銀行本店内の控訴労組専用の黒板に掲示した事実が認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。

(六)  (証拠略)によれば、次の事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。

昭和四九年四月一二日第二回の団体交渉が開かれ、訴外銀行側から第一回と同様のメンバーが出席したが、席上、控訴労組が記録をとるためテープレコーダーを使用したことから訴外銀行側がこれに反対し、テープレコーダー使用についての従来の慣行等について双方から激しく意見が出され、次いで控訴労組側から前記被控訴人の発言問題が出され、被控訴人を激しく追及し謝罪を求めたのに対して、被控訴人は「言った覚えがない」と答え、控訴労組側の「発言は事実無根であると言うのか」との追及に対しては「覚えがない」と答えるのみで、控訴労組側は被控訴人の発言問題に先ず決着をつけようとしたため、当日も春闘要求に関する実質的交渉に入れず時間切れとなり終了した。その後控訴労組側は同年五月四日ころまで何回か団体交渉の開催を申し入れ、訴外銀行側もその間団体交渉に応じる旨回答したこともあるが、その当時は控訴労組側が被控訴人の発言問題についての誠意ある決着、社長の出席、テープレコーダーによる議事の録取を主張し、訴外銀行がこれを拒否し、団体交渉開催の条件が折り合わず、団体交渉が開かれなかった。その間四月一八日控訴労組は被控訴人の発言問題を報道した前記組合ニュース(甲第五号証)を訴外銀行本店正門前で一部通行人に配付するとともに、これまでの控訴労組の被控訴人の発言問題についての対処の方法をふまえて、同日被控訴人と直接会見し、発言は事実無根であるか謝罪するかについて追及したところ、被控訴人は「自分は年をとると同時に物事に動じなくなった、何を書かれようと構わない」との答えであったため、控訴労組は三役、執行委員ら協議の結果、被控訴人の態度には反省もなくむしろ挑戦的でさえあるとし、被控訴人主張の本件ビラ(甲第一号証)を約二千七、八百枚印刷し、そのうち約二千数百枚を同月一九、二〇の両日にわたって控訴労組組合員らによって、秋田市内の訴外銀行の本店のある中通地区を中心として山王、通町、保戸野、大町、南通り地区を適宜戸別に配付した。更に、同年五月九日控訴労組は被控訴人と会見し、再びその発言問題についての責任ある回答を求め追及するとともに団体交渉の開催について折衝したが話し合いがつかず、再び前記甲第一号証とほぼ同旨の内容のビラ(甲第三号証)約一千枚を印刷し、同日ころ、被控訴人居住の秋田市内保戸野地区及び社長居住の南通り地区を中心として前同様の方法で配付した。なお、甲第一、第三号証の本件ビラに載せられた被控訴人の写真は、訴外銀行の従業員、各相互銀行、一部地方銀行等に配付されている社内報から転載したものである。

三  以上の認定事実を前提として当裁判所の判断を以下に述べることとする。

(一)  和解協定書(甲第二号証)の成立とその変更について。

(証拠略)によれば、前記和解協定当時は、人事労務を担当する総合企画部長は取締役でないいわゆる行員部長であって、同人が人事部長を実質的には兼ねていたので、控訴労組としても同人と団体交渉を行うことに特に異論はないが、同人が取締役でないため控訴労組は実質的団体交渉を行うために訴外銀行側の責任ある当事者として重役を加えることを要求し、訴外銀行は控訴労組側の要求は取締役であれば誰でもよいのだと解釈し、たまたま秋田市内の各支店を担当する営業部の取締役で団交出席のための時間調整も容易で、かつ業務上都合がよく、総合企画部長の前任者でもあるということで稲見前総合企画部長を指名したところ、控訴労組としては、同人が総合企画部長の前任者で団体交渉、人事、労務についての経験もあることからこれに応じたというものであること、和解協定書の二項は、そのときにより労務人事担当部長が取締役でない場合に対処した条項とも解され、この認定に反する証拠はない。

また、一般的に組合が使用者側の団体交渉員に重役を要求するのは、団体交渉の場が単に組合側の要求を聞きおくことに終らないで、使用者側の立場も十分主張し、組合側の要求についてもその場で検討を加え使用者側として責任ある応答ができるなど実質的団体交渉を行う権限と能力のある者の出席を求めることにあると解される。この点からみると、昭和四九年二月一日付訴外銀行の組織変更と人事移動に伴う和解協定の変更は、一項については組織変更による単なる職名の変更で問題はなく、二項についても被控訴人も取締役である以上特に問題はないが、前記和解協定成立の経緯からみて同人は人事部の属する総務本部に所属するが、人事部とは異なる庶務部の部長であって、同人の原審における供述によれば、同人は、従来もほとんど営業関係部門を歩いておって、組合との団体交渉をした経験がなく、現在の庶務部も本店における対外的折衝、各営業店の営業活動が円滑に進むようにするサービス部門、その他いわゆる一般の庶務的事項が担当であって、人事、労務に関することがないことが認められ、右認定に反する証拠はない。事実、三月二六日の団体交渉の際も同人は一言も発言することがなかったのであって、かかる人物を総務本部に所属する取締役であるとの理由で稲見取締役の後任者と一方的に決定し、その旨地労委へ連絡した旨控訴労組に通知した訴外銀行の処置は妥当を欠くものがある。そのため、控訴労組がこれは和解協定の一方的破棄に等しいとしてその後の団体交渉に対する訴外銀行側の誠意を疑い反撥する心情は十分理解しうるところである。しかし、右変更後の三月二六日の第一回団体交渉には、被控訴人のほか、人事、労務を総括担当する上司の常務取締役鎌田総務本部長も訴外銀行側の責任ある当事者として出席しているのであるから、その席で、あくまでも社長の出席あるいは出席できない理由を文書にして求める控訴労組の態度はいささか硬直であり、また、賃金引上げ等全従業員に関する問題は、いずれ出るであろう従業員の大多数の加入する従組の要求を見て検討し解決しようとの訴外銀行の態度も特に不誠意であるとは言えない。

(二)  被控訴人のいわゆる「ねぶかき発言」とこれをめぐる控訴労組の態度。

団体交渉は、労働協約の締結その他提起された一定の問題について、労使が互いに真摯にその意見をかわし、交渉するための手段であるから、団体交渉員はそれぞれ、誠意をもって交渉に臨まなければならないのは当然であり、団体交渉の形式だけとって、はじめから相手方の意見を聞き流しておこうとの態度で交渉の場に臨むことは許されるものではない。被控訴人の「団体さねぶかぎしに行ってくるがな」との発言は団交に居眠りしに行ってくるという意味であって、右発言自体控訴労組との団体交渉に対する不誠意さを示すものであり、たとえ当日の団体交渉には上司の鎌田総務本部長が出席したとしても、部下職員を前にしての発言としては本件の場合単なるひとり言あるいは片言隻句としてはすまされないものである。この被控訴人の発言事実を知った控訴労組が被控訴人を団体交渉の相手とするのに抵抗し、かかる控訴労組との団体交渉を軽視する被控訴人を団体交渉の最高責任者に指名した訴外銀行の控訴労組に対する姿勢に不信を持ち、被控訴人の発言の責任を追及し、春闘諸要求に関する団体交渉の正常化を図ろうとしたことはその限度において正当と認められる。

(三)  本件ビラ(甲第一、第三号証)の配付について。

労働組合は自らの団結強化、労働条件の維持改善その他労働者の経済的地位向上の目的を達するためには、その方法が違法不当でない限り、一般の第三者に呼びかけることもいわゆる情宣活動として許され、その中には一般市民へのビラ配付も含まれると解すべきである。特に本件のようにその企業が地方都市に本拠を持ち、その地方の住民と多く接する業務を営み、労働組合が企業内組合でしかも少数組合である場合、多数派組合や使用者側と対抗していくために一般市民や他の職場で働く労働者の理解と支援を得るため紛争の実情や使用者側の不当な言動を報道しビラを配付することは、組合として重要な情宣活動であるといえる。本件での被控訴人のいわゆる「ねぶかき発言」は前認定のとおり事実であるうえ、前記のとおり控訴人らは右発言を直接聞いたという縄田屋圭子から直接事情を聞きその用語についても検討を加え、更に再三にわたり被控訴人に発言の事実の有無、その責任のとり方について折衝したうえ、被控訴人に誠意なしと認めて、初めて本件ビラ配付に踏み切ったものである。

そこで本件ビラ(甲第一、第三号証)の記載内容を見ると、いずれもほぼ同旨で、いずれも、沢木取締役が「団交さねぶかぎしに行くがなーと労組をバカにする」との大見出しをつけ、これに請求原因事実三項記載と同一の事実の報道とこれに対する控訴労組の見解(甲第三号証もほぼ同旨)を載せ、民主的銀行経営のためにも市民並びに労働者のご支援をお願いするというもので、これに社内報から無断転載した縦約二・六センチメートル、横約一・八センチメートルの被控訴人の顔写真を掲げこの下に「ねぶかぎ」取締役沢木良吉庶務部長(甲第一号証)、「ねぶかぎ暴言」取締役の秋田相互銀行沢木良吉部長(甲第三号証)との説明文を付したものであって、これは労働組合としての労働基本権の擁護と組合員の経済的地位の向上のための運動過程においてなされた被控訴人の不当な言動を報道し、被控訴人並びに訴外銀行の控訴労組に対する姿勢を明らかにし、これに対する控訴労組の闘争について一般市民や他の職場の労働者の理解と支援を求めるため、控訴労組の情宣活動の一環として作成されたものであるといえる。

ところで一般に、名誉毀損の問題を論ずるに当っては、当該行為が公共の利害に関する事実に係り、もっぱら公益を図る目的に出た場合において、その摘示された事実が真実であることが証明されたときは、その行為は違法性を欠いて、不法行為にならないものと解すべきであり、被控訴人の本件発言は控訴労組との団体交渉を軽視するものであって、それ自体許されるものではないが、一方前記認定のとおり、右発言は団体交渉の席上あるいは公開の場その他不特定又は多数人の面前等でなされたものでもなく、昭和四九年三月二六日の当日団体交渉に臨むため、訴外銀行内の被控訴人の自室において自席を立つ際同室に居た僅か一、二名の部下職員の前でなされたものに過ぎないものであり、これを前記の如き態様をもって本件ビラに掲載し、普通人をしてややもすれば被控訴人はいつでも居眠りをしている無能な取締役であるような印象を与え兼ねないものを、前記認定事実及び(証拠略)によれば、同年四月一九、二〇日の両日は、少くとも一六、七枚以上を被控訴人の居住区である秋田市保戸野地区に戸別配付し(甲第一号証)、更に同年五月九日には右ビラ(甲第三号証)を被控訴人の居住区である右保戸野地区の同人宅周辺ほか一個所に約一千枚を重点的に前同様の方法で配付したのであって(これに反する証拠はない)、控訴人らの右各行為はその他の場所における配付とは異なり、その目的がもっぱら公益を図るものとは断じ難いのみならず、使用者側の立場にある被控訴人の家族をも労使の紛争にまき込み、かつ、被控訴人の私人としての生活の平穏を害するものであって、労働組合の情宣活動の許容範囲をも逸脱し違法たることを免れない。そして、控訴人らの右ビラの配付行為は共同して被控訴人の名誉を毀損したものというべきところ、原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、右行為によって同人に精神的苦痛を与えたものと認められ、これに反する証拠はないから、控訴人らは被控訴人に生じた右損害を慰藉する責務を負担するものといわねばならない。しかし、一方において(証拠略)によれば、昭和四八年八月ころ訴外銀行は控訴労組の行動を批判する趣旨のビラを新聞折込みの方法により一般市民に配付した事実が認められ、これに反する証拠はない。従って控訴人らの本件不法行為における違法性もその限度において減殺されるものといわねばならぬ。而して控訴人らの負担すべき本件損害額は本件に現われた一切の事情を斟酌し、金三万円をもって相当と解するから、被控訴人の本訴請求中控訴人らに対し連帯して金三万円及びこれに対する本件不法行為の後である昭和四九年六月一日より支払ずみに至るまで法定の年五分の割合による損害金の支払いを求める部分は正当であるから認容し、その余は理由がないから棄却すべきであり、これと異なる原審の判決は右の限度で失当であるから変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条、第九三条第一項但書を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中島恒 裁判官 吉本俊雄 裁判官 西村尤克)

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